美味の後ろに風景があり、人がいる

  卵


福寿草の里でつくられる、安心の卵、その黄色が福寿をくれる。

福寿草(フクジュソウ)の里として知られる四賀村。
何年前だったか、その福寿草が早春の新雪をはねのけるように咲いていた。一面の雪野に、小さな黄色が精一杯生命の輝きを放っていた。
私はその小さな風景を撮影し、後日ある雑誌で紹介した。
四賀村のフクジュソウ
それからしばらくたった或る日、福寿草を紹介してくれたお礼にと、恰幅の良い紳士が、私の店を訪れた。四賀村の中島学村長さんだった。東京に住む御子息が、偶然その写真に気付かれたのだとか・・・お土産にとびきり新鮮な卵を頂戴した。

たしか中島村長さんは、会田養鶏の創業者。会田養鶏といえば、こだわりの飼育法で卵を生産していると聞き及ぶ養鶏場だ。さっそく翌朝、卵かけご飯でいただく。白いご飯の上で、ぷりんぷりんの黄色が輝いた。その黄は、あの時の福寿草の生き生きとした黄と重なり、私の中で一幅の美味風景が結ばれた。その時から私にとって四賀村のイメージカラーは黄色になってしまった。

その卵がすっかり気に入った私は、是非ともその背景をのぞいて見たくなり、ある日お願いして養鶏場の見学に出掛けた。
会田養鶏は備前原の高台にあったが、あまりに広大な敷地で、一目で全容を見渡すことは出来ない。お相手をしていただいたのは、組合長の中島大さん(村長さんの弟)と、営業部長の内藤昌侑さんだ。

お話をうかがって驚いた。会田共同養鶏組合は現在、21戸32名の組合員で運営しており、非出資の30人も加えると約60人がここで働いている。
25万羽の鶏を育て、卵や有機野菜を生産・販売し、年商約12億円の超大型の養鶏場だ。

しかし、もっと驚いたのは、全国の養鶏場でも数軒だけと言われる自家配(自家配合飼料)をやっていたことだ。自家配をするためには、想像を絶する莫大な設備投資と、難しい許認可が必要なため、手を出せる養鶏場はまず無いからだ。
「うちの組合では昔から食の安全・安心を一番の重要課題にしてきましたが、安全な卵を作るためには、先ず安全なエサを手に入れない限り不可能なんです。全ての素材を一つずつ確かめて仕入れ、自分達でブレンドすれば間違いありませんからね。鶏のエサは、トウモロコシを中心に色々な素材がブレンドされています。遺伝子組換えをしたトウモロコシや大豆、それから肉骨粉などを完全に排除するには、自家配をやるしか道は無いんですよ・・・そんなことにまでこだわって、馬鹿だねえって言われたこともありますが、もっともっと馬鹿になろうと思っています・・・まだ納得出来ていないのは、鶏舎の床に敷くワラとモミガラですね。これは稲を有機無農薬で作らないと完璧な物は手に入りませんが、いずれこれもクリアーするつもりです。」組合長がこともなげに言い切った。

内藤部長が続けた「野菜はすでに有機無農薬で作っているんですよ・・・会田養鶏の直営農場が1ヘクタール。これは今年、有機農産物のJAS認証を取得予定です。それから90年に会田養鶏が牽引役になって発足した、アルプス自然農法研究会で6ヘクタールの,合わせて7ヘクタールで作っています」
「アルプス自然農法研究会というのは、どういったメンバーがされているんですか?」
「村長が発起人で、会員は村内全域の62名の有志です。この野菜がうまいんですよ・・・これからご案内しましょうか。」と内藤部長さんが誘ってくれた。
うまいと聞いて素通り出来るはずのない私だが、はやる気持ちを押さえて、先ずは場内の見学をさせていただいた。

平飼いの鶏舎の前、どうぞ中へと勧められて私はとまどった。わんさかいるブラウン系の鶏たちが、私に向かって、一斉にガンヲトバシテいる。それに靴が糞まみれになってしまうではないか・・・ここで後に引くわけにもいかず、思い切って踏み込む・・・意外、ワラくずのようなものが、ふかふかに敷きつめられているだけで、糞が見当たらない。
それどころか糞の臭いもしない。きょろきょろしている私の内心を察してか、内藤部長さんが「糞はバクテリアが分解しちゃうんですよ。この環境はバクテリアの研究をした成果なんです」と教えてくれた。
夕方の印象的な光が差し込んだ鶏舎、勝手勝手に歩き回る鶏の群れ。光の良い内にと、しゃがみこんでカメラをかまえると、尻つつきをする奴がいる。
かなりきわどい所までつついてくるが、光がいつまでもつか分からないので、されるがまま、一気に数十枚シャッターを切り外に出た。

安全でうまい卵は健康な鶏から・・・健康な鶏は、安全で栄養豊富なエサと、良い飼育環境からというわけで、セメント工場と見まがうばかりの巨大な自家配合飼料工場を造り、微生物まで研究して清潔な鶏舎を維持する・・・安全なエサを与えた鶏の鶏糞を使う有機無農薬農法にも取り組み、そして仕上げは先進的な衛生管理システムを施したGPセンター(鶏卵選別包装施設)で処理して出荷・・・本物の安全卵を量産するということは、つくづく気の遠くなるような大事業なのだ・・・

翌朝、我が家はオーガニックな食卓を囲んだ。あの後案内していただいた有機無農薬野菜のパイロット農場で、山ほど頂戴した野菜と、これも会田養鶏自信作の、放牧自然卵で葛温泉の湯を使って作るという温泉卵・・・温泉卵は茹でた温野菜の上にのせ、温かサラダにする。これに生醤油をたらし、温泉卵をくずしてドレッシングやマヨネーズのかわりに・・・これぞ簡単・美味にして最強の完全栄養サラダ、「サラダ福寿」だ。


■当サイトの記事・写真・イラストの無断掲載・転用を禁じます。
Copyright 2002  手打ちそば らーめん上條 www.kamijo.com